偽善者からの卒業

「生きているだけで充分だよ」 こんな言葉は、 他人には言えても、 自分には決して 言えなかった。 自分に言えない言葉を 他人には平気で言う。 これを偽善者という。 だから、改善の見込みのない 肉親の見舞いに行くのは、 正直辛かった。肉親にには本音で と思うと、かける言葉が 見つからないからだ。 では、なぜ、自分に 言えなかったかといえば、 人間は、何かを 産み出してこそ価値がある。 そう信じて生きてきたからだ。 どうも自分の価値は、 誰かの役に立つことであり、 誰かを助けたり、 支えることなんだと、 信じて生きてきたふしがある。 だから、頑張ってきた。 でも、何も産み出さず、 周囲に心配と 迷惑ばかりかけている 自分になり、やっと 自分に気づいた。 自分が自分の外側に 作り出すものばかりを 自分の価値に 置き換えて生きてきたことを。 自分の内側の充実を 軽視してきたということである。 確かに、外側の世界で 何らかの価値を、 産み出してゆくことは 素晴らしい。 でも、外側の価値は 産み出さなくとも、 自分の内面に、 心のダイヤモンドをつくること。 これもまた素晴らしい。 生きていさえすれば、自分の価値観を 知ることができる。 「生きていさえすれば、充分だよ」 そう自分に言えるようになった自分は、 偽善者から卒業できたかもしれない。

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結婚ということ

結婚するということは、 家系の流れに新しい血を いれるということである。 新しい血をいれるとは、 すなわち 新しい価値観を いれるってことなんだ。 だから、嫁に入ったとか、 婿に入ったからと言って、 相手の家風、すなわち 相手の価値観で 生きてゆこうとするならば、 苦しくなる。本来の自分を 失ってゆくからだ。 夫婦の価値観をぶつけあい、 すり合わせ、新しい価値観を 構築してゆく。 これが結婚生活であり、 夫婦の醍醐味なんだ。 お互いの価値観を ぶつけあい、融合させるプロセスで、 夫婦はお互いに新しい自分を発見する。 これが、大切なんだ。 であるのに、価値観の すり合わせをせずに 仮面夫婦を続ける。 夫婦の価値観があいまい、 価値観が分裂しているから、 子どもは迷い、問題を起こす。 結局は、そういうことなんだ。 何のために、結婚するのか? 何のために、子どもがほしいのか? 仲良しだけでは済まされない。 お互いの価値観をぶつけあう 覚悟が問われている。

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もう飽きていたんだ

他に秀でる成果を 出している。 とんでもない数字を 叩き出している。 そういう人の考え方や 生活習慣を真似ることが、 大切と考え、ずっと学んでいた。 でも、そういう人の考え方や 生活習慣は、あくまでも、 数字や成果を出すために 有効なものであった。 願う数字や思い描く成果が、 人生を幸福に してくれるわけじゃない。 成果や数字を出すために学んだ 思考や習慣が、かえって 自分を苦しめ、 縛っていたこともあるんだ。 大切なことは、他に秀でようと あれこれ学び続けることじゃない。 世界平和を求めるくせに、 他に秀でようとする気持ちがある。 これが、どこから来るのかを 追究することなんだ。 そうやって考えると、 やっぱりすべきことは、 自分という人間の 本質を観ることなんだ。 そうすれば、 なぜ他人に秀でようと 躍起になっていたかも 理解してくる。 本当の自分にふさわしい 思考と習慣というものも わかってくる。 自分の外側に 成果を求めるだけの人生とは おさらばになる。 時代の後追い、他人の物真似には、 正直、飽きていた。 結局は、そういうことなんだ。

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