指導者の優劣

自分の思う教育とは、
その人間を浮き彫りにすることにある。

余計なモノを削ぎ落とし、
ありのままを浮き彫りにする。

そのために、人によっては、
夢とか目標とか、憧れとか理想が
必要になってくる。

その実現のために、
余計な自分を削ぎ落とす。
そんな作業を経て、
自分自身が浮き彫りになってゆく。
そんな感覚がある。

優秀な指導者とは、
その人間のポジティブな部分を
浮き彫りにすることに長けている。
そういう人のことをいう。

一方、その人間のネガティブな部分を
浮き彫りにすることに長けている。
そういう指導者は、優秀でないとされる。

でも、本当は、優秀な指導者も、
無能な指導者も、ネガティブな部分を
浮き彫りにしている点では同じである。

ただ、ネガティブを
浮き彫りにしてから、今度は、
ポジティブを浮き彫りにできるかどうか。
ここに指導者の優劣がかかっている。
ただそれだけのことなんだ。

結局、指導者自身が、
そのプロセスを経験しているかどうか?
ここが肝なんだ。

自分のネガティブな部分を
直視して生きてきたか?
そして、自分のポジティブな部分も
見つめてきたか?
この一点にかかっている。

自分自身をありのままに
浮き彫りにする。

自分を深く深く掘り下げた。
そんな人生を生きていること。

指導者の優劣は、結局ここで決まる。
そんなふうに思うんだ。







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