奮い立つ力

奮い立つとは、心が勇み立つ。
それをしようと決意し、
勇気を出すことをいう。

奮い立つ力が、いつもあれば、
問題が生じても、
それは問題とはならない。

しかし、問題が生じているのに、
奮い立つ力が湧いてこない。
そんな時は、小さな問題に
終わるようなレベルの問題でも、
大問題に発展する。

問題解決の肝は、
問題の大小ではなく、
奮い立つ力の有無の問題である。
そんなふうに思うんだ。

奮い立つ力が湧いてこない。
今まで湧いてきたのに、湧いてこない。
そうなってはじめて、
奮い立つ力のメカニズム、こいつを
究明しよう。そんな気持ちになってくる。

奮い立つ力がない時は、
いわゆる無気力であり、自己否定であり、
自己嫌悪、自己憐憫にひたり、
閉塞感や虚無感に覆われている。

前向きとか、ポジティブな気持ちなど、
微塵も湧いてこない。そんな状況である。

だから、仕方がない。
あまり深入りしたくない、
自分のマイナス感情にどっぷり浸かる。
はまる。これでもかってくらい、
マイナス思考の自分にひたるんだ。

自分がなるべく見ないようにしてきた、
大きな不安感と恐怖感の荒波にもまれて
いると、気づいてくるんだ。

「本当に穏やかな時間は
これまでも決してなかった」ってことに。

これまでいつも心の中に、
強い使い不安風が吹き荒んでいたんだ。
それに打ち勝つために、
いつも奮起する力を使い、
何とか大事に至らずに済んでいた。
ただそれだけのことだったんだ。

奮起する力がなくなったおかげで、
自分の不安風に打たれて、
えらい打撃を受けたんだ。

でも、不安風の発生原因を突き止めた
から、本質的な原因にたどり着けた。
そんな感覚がある。

自分の価値観をあらためて、
衣食住すべてのライフスタイルをあらためて、
自分との調和を心がけたんだ。
そうしたら、奮起する力がなくても、
安心感と穏やかな心になっていった。
そんな感覚がある。

結局、荒れ荒ぶ不安風の源は、
自分との不調和だったんだ。
自分らしくない生き方をしてきたことから
生じた恐怖感だったんだ。

奮起する力がなくてもやってゆける。
そんなふうに思っていると、
むくむくと奮起する力が湧いてきている。

でも、今度は不安感や、恐怖感を
抑えるためのモノじゃない。

志し、自分しかできないこと、
自分がやりたいこと、
自分の役割を全うしたい。
そんな動機から、奮起する力が
湧いてきているんだ。

不思議な感覚がある。
人生初だからである。


























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